2010年2月18日木曜日

田子の浦ヘドロ公害から今年で40年、そしてその後

富士市の歴史において、また日本の公害の歴史において重要なできごとに「田子の浦港ヘドロ公害」がある。


1970年8月大規模な抗議集会が起こる

  • 地元住民や漁業組合など21団体3000人が参加
  • 富士市内の4つの製紙会社を告発
  • 県に対しては住民監査請求

こういうことがあったということを知ることは重要である。それでも1〇年前くらいはまだまだひどかった気がする。車で富士市の工場が多くなってくる地帯に入るとまず窓を閉めなければならない。なぜなら橋を上るからだ(橋の高いところまでいくとトンネルの煙の位置と並ぶため)。その橋はすごく黒ずんでいて、どうやったらこうなるんだろうと思いながらも、橋の一番高い位置まで登ると目の前におびただしい数の煙突群が見える。ふと窓を見ると、少し通っただけなのに窓に黄色い粉のようなものが付いている。こんな感じだ。だが未だにこんなこともあったりする。



海岸に一部埋設へ 田子の浦港しゅんせつ土 静岡新聞(2009/12/27)
ダイオキシンを含む田子の浦港(富士市)のしゅんせつ土を、港東側の同市鈴川海岸に埋め立て処理する計画への合意を求め、地元と協議を重ねてきた県は26日までに、市を交えて地元住民と、埋設の一部について事業を行う協定書を交わした。住民側は護岸の強化を期待し受け入れを決めた。協定締結により約2年間止まっていた事業は、限定的だが、動き出すことになる。
    同港は中央航路や泊地を水深9メートルから12メートルへ増深するのに伴い、ダイオキシン濃度1000ピコ以下のしゅんせつ土約24万2千立方メートルの埋め立てが必要になっていた。県は鈴川海岸にコンクリート護岸を設けて内側などに約11万9千立方メートル、北側のフットサル・グラウンドゴルフ場跡地に残りを埋め立てる計画案を示し、協議していた。
    その結果、護岸整備と護岸内面への埋め立てについて協議が整った。残る12万3千立方メートルの埋設は、代案なども含めて継続協議となった。
    護岸整備と一部の埋め立ては、来年度から3年計画で実施予定。しゅんせつ土はふるい分け・脱水処理し、固化剤で固めて、防水シートを敷いて埋め立てる。
    埋め立て計画に対しては、2007年秋、ダイオキシンによる健康への影響を心配した地元住民約1900人の署名とともに反対陳情が出ていた。航路などのしゅんせつは、港の中央埠頭(ふとう)整備と並行して行われている。しゅんせつ土の仮置き場は飽和状態で、計画通りの港湾整備のために、処分地確保が急がれていた。


いま現在も浚渫土の問題は大きなものとなっています。そして、その整備着工の記事です。

鈴川海岸整備が着工 (富士ニュース 2010-02-02)
田子の浦港のダイオキシン類を含む浚渫(しゅんせつ)土を活用して港東側鈴川海岸における既設堤防の防災機能強化を図る県の鈴川海岸整備事業が1日、着工した。
本年度は港周辺の浚渫土仮置き場から中間処理した砂と砂利約4万立方メートルをダンプ車両で運び、盛土による約940メートルの仮堤防の整備に取り掛かるほか、水質監視井戸2基を設置する。


なんかこの記事の書き方だと、処理のための工事というより「有効活用する工事ですよ」って感じの書き方だな。

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